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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)11316号 判決

原告

野尻菊香

原告

前崎穂香

原告

高野麗香

右訴訟代理人弁護士

芹沢孝雄

相磯まつ江

被告

新東企画株式会社

右代表者代表取締役

平出満喜

右訴訟代理人弁護士

鈴木富七郎

主文

一  本件訴えを却下する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  原告らと被告との間で、別紙物件目録記載の土地の共有持分権一六分の八が、亡呉場の遺産であることを確認する。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  主文第二項と同旨。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告ら

原告らは、いずれも亡呉場と高野静枝との間の子であり、亡呉場の相続人である。

2  相続開始時の本件土地の共有状況

亡呉場は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)をもと所有していた。

亡呉場の相続人は、原告らを含め、別紙亡呉場相続人氏名及び相続分一覧表中、相続人氏名欄記載のとおりであるところ、亡呉場は、昭和五三年五月三一日死亡し、原告らを含む相続人らが各自、相続により、同表中、相続分欄記載の法定相続分に従い、本件土地の共有持分権を取得した。

3  呉英男らから被告に対する本件土地共有持分権の譲渡

被告は、昭和六〇年九月五日、前記2の相続人中、呉英男、高橋良子、呉恵、呉蘭香、葛岡時恵、北野美恵、呉哲男、山口華恵及び古賀珠恵(あわせて以下「呉英男ら」という。)から、同人らが前記2のとおり相続取得した本件土地の各共有持分権を、代金は、高橋良子及び呉恵については各二五〇万円、その余の者については各五〇〇万円でそれぞれ買い受け、もつて右各共有持分権合計一六分の八(以下「本件共有持分権」という。)を譲り受けた(以下「本件共有持分権譲渡」という。)。

4  本件共有持分権の譲渡の無効ないし合意解除

しかしながら、本件共有持分権の譲渡は、以下のとおり、無効であるか又は合意解除されたものであるから、本件土地は、現在も亡呉場の遺産に属するものである。

(一) 通謀虚偽表示

本件共有持分権譲渡は、被告と呉英男らが通謀してなした虚偽の意思表示によるものであるから、無効である。

(二) 合意解除

仮に、本件共有持分権譲渡が、通謀虚偽表示によるものではないとしても、本件共有持分権譲渡の契約は、昭和六一年一一月四日以前において、合意解除されたものである。

(三) 信託法一一条違反

仮に、(一)、(二)が認められないとしても、本件土地については、亡呉場が、昭和五二年、井上工業株式会社(以下「井上工業」という。)及び東海興業株式会社(以下「東海興業」という。)を被告として提起した東京地方裁判所昭和五二年(ワ)第一〇三四一号土地所有権移転登記等抹消登記請求事件(以下「別件訴訟」という。)が現在も係属中である(原告らは亡呉場の承継人として右訴訟を追行中である。)ところ、被告代表取締役平出満喜及び呉英男らは、被告をして、別件訴訟に関し、信託法一一条違反の行為をなさしめることを主たる目的として、本件共有持分権の譲渡を行つたものである。即ち、被告は、現時点において、未だ右訴訟に公然と参加こそしていないものの、亡呉場相続人の一部に圧力をかけてその訴訟承継を妨げたものであり、又、独自に東海興業及びその別件訴訟における補助参加人株式会社須藤工業不動産部(以下「須藤工業」という。)らとの間で、和解の交渉を進めているものであつて、これらは信託法一一条違反の行為というべきである。従つて、このような行為を主たる目的とする本件共有持分権譲渡は、公序良俗に反し、無効である。

(四) 未分割の遺産の一部譲渡の不能又は共有持分権の特定不能

仮に、以上の主張が認められないとしても、未分割の相続財産は、法律上合有ないし総有と解すべきものであつて、その一部譲渡は本来不可能であり、又、仮に可能であつたとしても、被告が譲り受けたという本件土地の共有持分権の特定は不可能であるから、本件共有持分権譲渡は、無効である。

5  しかるに、被告は、本件共有持分権を被告が有することを主張し、これが亡呉場の遺産に属することを争つている。そもそも、本件土地については、井上工業が、何らの権利もなくほしいままに所有権移転登記を行い、さらに、東海興業に対し、所有権移転登記請求権仮登記を経由して亡呉場の所有権を侵害したため、昭和五二年以来、亡呉場及びその訴訟承継人である原告らと井上工業及び東海興業との間に前記4(三)の別件訴訟が係属しているものであり、その間、右訴訟に関連して、板橋税務署長において、昭和五六年二月二六日付をもつて、亡呉場が、昭和五二年、須藤工業に対して、本件土地を売却し、合計一二億二七八七万六二五五円の収入を得たものとして、亡呉場の相続人らに対し、亡呉場の同年分の所得税につき、更に六億二五四三万六九〇〇円を納付せよとの更正処分及び三一二七万一八〇〇円の過少申告加算税賦課決定処分をなし(原告野尻菊香及び同前崎穂香は、右更正及び賦課決定の各処分の取消訴訟を提起し(東京地方裁判所昭和五七年(行ウ)第一八八号事件)、右訴訟は、目下審理中である。)、右更正にかかる所得税については、その後もさらに延滞税が賦課されているなど、亡呉場相続人は、不当にも、苦境に立たされているものであり、従つて、原告らは、本件土地についての別件訴訟の解決を切望しているものであるところ、本件共有持分権の譲渡は、右別件訴訟の進行の重大な障碍となつているものである。特に被告が専ら利益追及を目的とする、不動産の売買等を業として営む会社であることは、本件土地に関する紛争解決についての原告らの本旨と相容れないものである。又、被告が本件土地の共有持分権を有することになれば、第三者である被告が遺産分割に介入し、分割を困難にすることは必至である。

6  よつて、原告らは、被告に対し、本件共有持分権が、亡呉場の遺産に属することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4(一)、(二)の事実は否認する。同4(三)のうち、亡呉場と井上工業らとの間に別件訴訟が係属し、原告らが亡呉場の承継人として右訴訟を追行中であることは認めるが、その余は否認ないし争う。同4(四)の主張は争う。

3  同5のうち、被告が本件共有持分権を有することを主張していること、別件訴訟が係属中であること、原告ら主張の更正及び過少申告賦課決定の各処分がなされたこと、原告野尻菊香及び同前崎穂香が右各処分の取消訴訟を追行中であること、右更正にかかる所得税についてその後も延滞税が賦課されていること、被告が不動産の売買等を業として営む会社であることは認めるが、その余は否認ないし争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1ないし3(順次に、原告ら、相続開始時の本件土地の共有状況、呉英男らから被告に対する本件土地共有持分権の譲渡)は、当事者間に争いがない。

原告らの本訴請求は、右各事実を前提とし、本件共有持分権譲渡は、無効であるか又は合意解除されたものであるから、右共有持分権は現在も亡呉場の遺産に属するものであるとして、右共有持分権が、亡呉場の遺産に属することの確認を求めるというものである。しかし、特定財産が現に被相続人の遺産に属することの確認を求める遺産確認の訴えも、確認の訴えの一類型であるから、これが適法たりうるためには、原告が、原被告間において右確認を求める法的利益を有することが必要であり、従つて本来、右訴えは、原告及び被告が共同相続人であつて、右共同相続人間において、特定の財産が被相続人の遺産に属するものであるか否かが争われている場合で、かつ、右特定財産が被相続人の遺産に属するときは原告もこれについて相続分に応じた共有持分権を有するような場合(即ち、該財産について自己の相続分に応じた共有持分権を有することの確認の訴えを提起することもできるような場合)に限り許されるものと解すべきところ、本件においては、被告が原告らの共同相続人である呉英男らから本件土地についての同人らの共有持分権の譲渡を受けた第三者にすぎないことは、前記のとおり当事者間に争いがないばかりでなく、本件土地がもと亡呉場の遺産に属していたものであり、本件共有持分権は呉英男らが相続により取得したものであることもまた当事者間に争いがないのであるから、その譲渡が無効であるか或は合意解除されても、右共有持分権は、呉英男らに帰属することとなる筋合であつて、原告らの共有持分権は何ら拡張するわけではなく、勿論、この共有持分権について原告らがさらにその共有持分権を主張しうるものでもないのであるから、本訴請求は、本来、遺産確認の訴えとして許されるべきものではなく、呉英男らが本件共有持分権を有することの確認というを右持分権が亡呉場の遺産に属することの確認と言い換えたものにすぎないのであつて、ひつきよう、呉英男ら及び被告という他人間の法律関係を確認の対象とするに等しいものというべきである。そして、このような他人間の法律関係を対象とする確認の訴えの場合、他人間の法律関係を原被告間で現在確認することについて、原告らに法律上の利益があることが必要であるところ、本訴において、仮に、原告らの主張する請求原因4、5の事実が認定されたとしてもなお、請求の趣旨のとおりの判決をなすことによつて、原告らが、事実上の利益は別として、法律上の利益を受けるものということはできない(なお、付言すれば、共同相続人のうちの一部から遺産を構成する特定不動産について同人の有する共有持分権を譲り受けた第三者がいる場合、該第三者が右共同所有関係の解消を求める手続は、民法二五八条に基づく共有物分割訴訟によるべきであり、従つて、この点においては、共同相続人のみが該不動産を共有し、右不動産全体について遺産分割審判の対象となしうるほうが、共同相続人にとつて、事実上有利となりうることもありうるところであるが、右は、共同相続人の遺産分割前の特定不動産についての共有持分権の譲渡を有効かつ適法とする現行法の建前のもとにおいては、未だ他の相続人とその共有持分譲受人との間の法律関係を現在確認することを適法とするだけの法律上の利益であるとはいえないものというべきである。)。

尤も、原告らは、そもそも未分割の相続財産は、法律上合有ないし総有と解すべきものであつて、その一部譲渡は本来不可能であり、又、仮に可能であつたとしても、被告が譲り受けたという本件土地の共有持分権の特定は不可能であるから本件共有持分権の特定は不可能であるとの主張もなしているけれども、右主張は、採用することができない(最高裁昭和四七年(オ)第一二一号同五〇年一一月七日第二小法廷判決・民集第二九巻一〇号一五二五頁参照)。

二従つて、原告らは、本訴請求をなすについて確認の利益を有しないことが明らかであるから、その余の点につき判断するまでもなく、本件確認の訴えは不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官薦田茂正 裁判官大弘 裁判官杉原 麗)

別紙物件目録

東京都板橋区徳丸三丁目一四七番六

宅地 一九九八〇・六六平方メートル

亡呉場相続人氏名及び相続分一覧表〈省略〉

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